「慈雨の音(流転の海 第六部)」宮本輝
宮本輝さんのこの、ライフワークと言えるシリーズの第一作、「流転の海」を読んだのがいつだったか…もう長い時間を経てしまい、私はまだ20代だったのではないかと思います。
きっかけは忘れてしまいましたが宮本輝さんの本が大好きで、どの本も夢中になって読みました。
中でもこの「流転の海」のシリーズは、作者の宮本輝さん自身の父をモデルとした人物、松坂熊吾を主人公とし、熊吾が50代を目前とした頃やっと授かった息子、伸仁(宮本輝自身がモデル)との父と子の物語であり、宮本輝さんの本を夢中になって読んでいた私には、どんなふうに作家・宮本輝が生まれ育ったかを読み解くかのような物語でもあったので、とても興味深く読みふけったのでした。
面白いことは宮本輝さんがこの物語を書き始めた時には、主人公の熊吾よりも若かったのに、今は熊吾と同年代となっていること。私自身も読み始めた時には子供に毛の生えたような若かりし頃だったのに、今は熊吾ほどではないにしても同じように少し遅めに子宝を授かって、この作品を読んで感じることは、どんどん変化してきています。
この「慈雨の音」の時代は、一旦財産の全てを失ってしまった熊吾と房江の夫妻が生活を立て直し、大阪でモータープールの管理人という職を得て安定した暮らしをしていた時代です。この3人家族に慈しみの雨が降り注いでいた時代…この後、晩年の熊吾が転落の人生を送ることはもうファンである読者にはわかっているのですが、その直前のささやかな幸せの中にあった時代が描かれています。
大事な一人息子を溺愛する熊吾がどうして転落していくのか…勿論最後まで、熊吾の終わりまでを見届けるために読みたいけれど、こんなささやかな幸せの中にある家族をずっと見ていたくもあるような、複雑な思いにさせられる1冊でした。